昨日、季節の変わり目で必ずや誰もが一回は患う風邪のために病院に行けば、たまたまそこで診察を受けていた叔母は、症状とは関係のない事柄について老医者に大声で訴えていた。

「私は辛いです、母が死んで一切のことが辛く重くのしかかるのです。遺産の手続きについて甥と兄が勝手に進めて…」

  点滴を受けるため、近くの寝台に伏せていた私は、叔母の訴えがあまりに大きな声たったことと、その馬鹿馬鹿しくさが堪らず、耳が冴えてしまった。

  私がそばにいることも忘れたかのように聞き捨てならないことをつらつらと論う。

  「あの子が来てから私のリズムが崩れた…」

  いやいや、まるでペットの世話のように、買い与えるだけで介護をした気になったあなたをこの5年間支えて来たのは誰か?

  生活能力もないままに60年もの時を過ごした独身女の哀れさたるや、想像に難くない。米の炊き方、電話の操作方法、洗濯の仕方などの日常の事がからっきしダメで、私が大阪から名古屋に戻ったころには、家は荒れに荒れていた。

  水垢まみれの浴室、詰りぱっなしのシンク、尿で汚れた便器、食べかすまみれの居間、線香の灰まみれの仏壇、これらを祖母が健康だったころまでに戻したのは誰か?

  精神疾患を理由に現実社会から目を背け、障害者年金を貪り続け、生活の不便さに何の対処もせず、排泄すら自室ですることになったこの身内に、私が自身の時間を犠牲に尽くして来たこの5年間は一体何なのか?ーこんなことを思いながら、叔母の方向の定まらぬ愚痴を聴いていた。

  世間からの無知で差別されてきたと考えがちな、いわゆる精神病患者だが、本来なら世間の冷たい視線に世俗人と同様に晒してみてもよいのではないかと私は思った。 差別だと騒ぐ前に何かしらやることがあるだろう。

  ようやく精神医療で減薬方針が定まって医師が無闇矢鱈と精神薬を処方することが困難となったが、しかし、認知能力に作用するこれら精神薬の後遺症は消えない。近所迷惑も顧みず今も叔母は家の付近に猫の餌をばら撒くのだった。

「これが生き甲斐だから、邪魔しないで!」

  そして、うちの納屋で産まれた子猫が育児放棄され行き場を失い、私の近くで、か細い声で来やしない母猫を呼ぶのである。